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20年分の3日間
いま確実に言えることは、恐らく記事が長文になるだろうということです。ごめんなさい。
もやもやもやもや、一つずつ立ち止まって書いてみようと思います。


同志社大学政策学部2回生の塩路 和義(しおじ かずよし)です
みんなからは「しおじい」とか「しおじ」なんて呼ばれてます。名字のめずらしさには自信あり。
僕が国際協力とちぇかふぇに携わる理由を、これまでを振り返りつつ書けたらと思います。
なんだか初心に帰るって新鮮で穏やかな気持ちになれますね


僕が国際関係の仕事を知ったのは、他でもない某通信教育のおかげなのです。
毎月届く教材には問題集と雑誌が入っています。その雑誌に「お仕事紹介コーナー」のページがありました。
例えばパン屋さんなら「朝3時に起きるのが辛いけど、お客さんの笑顔で元気をもらえます!」みたいな。そのなかに青年海外協力隊で働く人が特集されていて、ああスゴイことやってるなあ、と何となく思ったのが始まりです。でも当時ぼくはまだ小学生。英語なんてチャレンジ出来ないだろうとその人を雲の上の人のように見てました。

それから約8年後、あの東日本大震災が日本を襲いました。当時高校2年生だった僕は受験に差し掛かろうとしており、被災地に行くためのお金も当然ありません。
僕は無力でした。
でもこの暗いムードの中、個人的に最も胸を打たれて感動した出来事がおこります。

ニュージーランドが日本に義援金を送ってくれたのです。

純粋に、ああすごいな!と感嘆しました。なんて優しいんだろう。ニュージーランドも日本の震災の少し前に大震災に見舞われて、自分の国のことで大変なはずなのに……。
これをきっかけに国際関係をもっと知りたいと思うようになりました。


そんなこんなで大学に入り、僕は海外で家を建てるサークルで活動を始めます。
実際に現地に行ってその土地の人の話を聞く。すると彼の人柄と人生にグッと引き込まれて話に魅了されてしまうのです。例えば1回生の時に出会ったミャンマー人男性。自由のない軍事政権下でとてもつらい思いをしたはずなのに、穏やかな笑顔でぼくを包み込み、彼の夢をアツく語ってくれました。不自由がなぜ優しさにつながるのか。僕はここに惹かれ、別れ際には涙を流すほど心を交わすことができました。
それからというもの、僕にとってミャンマーは「ミャンマー」ではなく、「あの人がいる国」になっています。


人と出会うということは、その人の人生に触れることだと思います。
そもそも自分の人生や自分の経験は非常に限られたものです。それゆえの対話です。
誰かと対話をすることで、その人独自の、今まで自分が知ることの無かった10年・20年・30年を知る。共感する。世界が広がる。
そして互いに心を交わせたならば、今まで遠い存在だった学校・団体から「あの人がいる学校・団体」へと親近感が湧くのではないでしょうか。

そして「ちぇかふぇ」はこれを体感する絶好のチャンスだと思います!
敷居も低く壁もない。その先も広く繋がれるような「ちぇかふぇ」が果たしてどうなるのか、今後が楽しみです


てことで、お次はざきやまよろしくね!
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Author:ちぇかふぇ
国際協力カフェ『ちぇかふぇ』

2015/4/1~2
13:00-19:00
@十三 Cafe Slow Osaka


関西の国際協力団体が集まって、国際協力カフェ『ちぇかふぇ』を開きます。あなたの「世界」を、「国際協力」を語る場を一緒に作りませんか?

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